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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)769号 判決 1963年6月24日

判   決

東京都新宿区下落合二丁目七三九番地

原告

田畑徳松

右訴訟代理人弁護士

磯江秋仲

同都豊島区巣鴨一丁目一番地

被告

東京トヨタ家庭用品販売株式会社

右代表者代表取締役

柏木義三

右訴訟代理人弁護士

真木洋

右当事者間の損害賠償請求事件について、つぎのとおり判決する。

主文

1  被告は、原告に対し、金二一一、二二三円およびこれに対する昭和三七年三月一五日以降右支払ずみにいたるまでの年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

4  この判決は、第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「1、被告は、原告に対し五五一、五七〇円および内四一八、八二六円に対する昭和三七年三月一五日以降右支払ずみにいたるまでの年五分の割合の金員を支払え。2、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、その請求原因および被告の抗弁に対する答弁として、つぎのとおり述べた。

一、訴外田鍋健一は、昭和三六年一〇月二一日午後七時頃東京都新宿区上落合二丁目七三九番地先国道六号環状線道路を被告所有の小型自動車(四―な―一六二九号)を運転して進行中原告の右腕に右自動車を接触させ、倒れたところを轢いたため、原告は、右鎖骨々折、右脚脛骨および腓骨下部の複雑骨折の傷害をうけた。

二、右事故により、原告は治療等のためつぎのとおり損害をうけた。

(一)  昭和三六年一〇月二〇日河合外科病院(新宿区西落合二丁目三八二番地)に入院し、治療をうけ、別紙のとおり、その料金等四一八、八二六円を支出し、同額の損害をうけた。

(二)  入院治療等のため原告は、勤務先通産省の勤務を四ケ月間休むことを余儀なくされたために昭和三七年四月一日をもつて俸給を一号昇級すべきであつたのにこれを逸し、かつ同年五月末日限り通産事務官を退官するの止むきにいたり、つぎのとおり合計一三二、七四四円のうべかりし利益をうしない、同額の損害をうけた。

(1)  昭和三七年四月一日昇級を逸したことにより同年五月末日退官にいたるまで二ケ月間のうべかりし俸給差額の喪失による損失三、六二〇円。

(2)  同年五月三一日退官当時通産事務官としてうけていた諸給与の月額は、五一、一六〇円であつたが、退官後えた諸給与は、富士製鉄株式会社から月三〇、五八〇円、国家公務員共済組合から年金月額一六、九九六円であつて、その合計四七、五七六円となつたから、結局月三、五八四円の減収となつた。富士製鉄株式会社との雇傭は、三年間の約束であるから、その減収額は三年間について一二九、〇二四円となるわけである。

三、しかして、訴外田鍋健一は、被告会社に雇われ、被告所有の前記自動車を運転していて本件事故を惹き起したものであり、被告会社は、その家庭用品販売業務のために右訴外人をして右自動車を運転させていたものであるから、自己のために前記自動車を運行の用にしていたものというべく、自動車損害賠償保障法第三条本文の規定によつて原告がうけた前項の各損害を賠償すべき義務あるものである。

四  よつて、原告は、被告に対し右損害の賠償として、金五五一、五七〇円およびうち第二項(一)の損害金四一八、八二六円に対する本件訴状送達の後たる昭和三七年三月一五日以降右完済にいたるまでの年五分の遅延損害金の支払を求める。

五、本件事故について原告の横断歩行上の過失にもとづく旨の被告の主張は否認する。本件事故はすべて訴外田鍋の自動車運転上の過失にもとづくものである。すなわち、訴外田鍋は、原告が事故現場たる六号環状線道路の左側歩道を東中野方面に向つて歩行中後方からその運転する自動車を原告に接触したのであつて、原告にはなんらの過失もないのである。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁ならびに抗弁としてつぎのとおり陳述した。

一、請求原因第一項の事実は認める。同第二項(一)の事実は不知、(二)の事実は否認する。同第三項のうち被告が当時訴外田鍋健一を雇つていたことは認めるけれども、本件事故が被告会社の業務のためにする自動車運転によつて生じたものであることを否認する。訴外田鍋は、被告会社の所有車を勝手に引つぱり出し、帰宅の途中で本件事故に遭つたのである。したがつて、被告会社は、本件事故について本件自動車を自己のために運行の用に供したものとはいえない。

二、本件事故は、泥酔して本件自動車の前方を下をむいたまま横断し、訴外田鍋健一のクラクシヨンによる警報を無視した原告の歩行のために生じたのであつて、訴外田鍋としてはとるべき措置をすでにとり、事故をさけることができなかつたのである。したがつて、本件事故について訴外田鍋には過失なく、全く原告の過失に起因するというべきである。被告には損害賠償責任はない。

仮りに訴外田鍋に過失があり、ために被告が本件事故による損害について賠償責任を免れえないとしても、原告にも過失のあること前記のとおりであるから、この事情は、被告の賠償額を定めるについて斟酎されるべきである。

(立証関係)<省略>

理由

一、請求原因第一項(事故の発生および原告の受傷)の事実は当事者間に争がない。

二、請求原因第二項(損害の発生)の事実について判断するに、<証拠―省略>に前項当事者間に争のない原告の受傷の事実を合せ考えれば、原告は本件事故によつて右脚脛骨及び腓骨の複雑骨折、右鎖骨骨折、右足背挫創、後頭部および右上腕の打撲および擦過傷をうけ、その治療のため昭和三六年一〇月二一日から昭和三七年一月一三日まで河合外科病院(新宿区西落合二丁目三八二番地)に入院し、看護婦を雇い、マツサージをうけ、栄養の補給をうける等によつて別紙のとおり四一八、八二六円の費用の支出を余儀なくされ、同額の損害をうけたことを認めることができ、格別この認定に反する証拠はない。

(二)(1) 成立について争のない甲第八号証の記載によつて考えれば、原告は四等級七号の俸給をうける通産事務官であつたが、もし今回の事故による欠勤がなければ昭和三七年四月一日をもつて一号昇級する筈であつたことを認めることができ、原告の本人尋問の結果によれば、本件事故による欠勤のため原告は右昇級を逸したことを認めることができ、右甲号証によれば昇級逸機による昭和三七年四月一日から同年五月三一日退官までの給与の減収はは三、六二〇円であることを認めることができ、反対の証拠はない。

(2) つぎに原告は、本件事故により通産事務官退職の余儀なきに至つたとして前後の収入差額の賠償を求め、成立に争のない甲第一三号(証通商産業省大臣官房秘書課長証明書)によれば、原告は本件事故による負傷によつて入院し、退院後は自宅にあつて治療につとめているが、全治して勤務に服することができるようになるには今後少くとも一年位の日時を要するということであつたので、その官房附主任の地位を空席にしておくことができないため後任の補充を行なつたが、原告は一二年余に亘つて同一の専門的ポストにあり、俄かに他方面のポストに配置換することが困難な事情にあつたことと快復を早めるため勤務を離れて専心療養につよめた方がよいと認められる事情もあつたので一旦退官してもらうことにしたこと、しかし若しこの度の事故がなかつたならば公務員には停年制もないこととて今回の退官にはならなかつたわけであることが通産省秘書課長の名をもつて証明されているけれども、原告本人の供述によつて認められる原告の年令(六六歳)、右証明によつて認められる通商産業省において、永年同一ポストで勤務させたため、原告は他のポストに配置換して勤務させることができない事情があつたことにかんがみるときは、原告退職の原因を本件事故による負傷に求めることは、右証明の結びの文言(これは証明書の意見にすぎないものと認める)にかかわらず当をえたものといいがたく、原告は通常の例にならい官庁側との了解のもと願によつて退職したものと認めるのが相当である。したがつて、通産事務官の地位を退職した後の収入が在職中のそれに比して減少した事実があるとしても、これをもつて本件事故による負傷に基因する損害であるとすることはできない。この点の原告の主張は採用しない。

(三) 以上の事実より考えれば、本件事故によつて原告がうけた損害は四一八、八二六円と三、六二〇円の合算額たる四二二、四四六円ということになる。

三、被告の責任原因について考えるに、<証拠―省略>を綜合すれば、訴外田鍋健一は事故当日仕事がおくれ、残業したので、午後七時三〇分頃同僚の工藤澄子および阿部信彦を本件加害車に同乗させ、豊島区西巣鴨一丁目一番地の被告会社本社から杉並区松の木町一一八二番地所在の社員寮に向う途中の事故であることを認めることができ、証人<省略>の証言によれば、訴外田鍋健一は本件加害車使用について社長、課長等関係上司の諒解をえなかつたことを認めることができるけれども、証人<省略>の証言によれば、社員は通常社員寮と本社との往復には会社指定の定期バスを利用していたけれども、これに乗り遅れたような場合には本件加害車等他の自動車を運行してこれを利用していたことが時々あつたことが認められるから、本件事故の際の加害車の運行は、訴外田鍋の関係上司が承諾していたと否とにかかわらず、客観的にはこれを被告のための運行というを相当とし、自賠法三条但書所定の免責事由が主張立証されない限り、被告は本件事故による負傷によつて原告がうけた前項の損害について賠償の責に任じなければならないのである。

四、被告は、本件事故は、被告の過失でなく、原告の過失にもとづく旨主張している。しかし、前段にふれた自賠法三条但書の規定によれば、単に自動車運転者の無過失、被害者の有過失の主張だけでは免責されず、同規定の全部について主張立証することを要するわけであつて、被告のこの主張は自体理由なく、採用の余地がないけれども、被告が過失相殺の主張をしているから本件事故について原告に過失があつたか否かについて検討することとする。

<証拠―省略>を合せ考えれば、つぎのことを認めることができる。

1  本件現場は、国道六号環状線の西武線中井駅上陸橋より南方約七〇米の地点であつて、道路幅二二、五〇米(車道幅一四、六米両側歩道幅各三、九五米)、目を遮るもののない直線をもつて中野方面に向つており、左側は舗装歩道が約一米の自然道となり、車道もまた相当にその幅を削られている部分のかかりはなである。路面には模様のあるコンクリート舗装がされているが、両側は僅かに蒲鉾型に傾斜しており、かつ中野方面に向つて緩い降り勾配をしている。現場には横断の道路設備はないが、前方約一二〇米のところに自動信号機が設置され、路面には横断歩道の色彩が施されている。又現場の北方約六〇米附近にかかつている陸橋の両側には五基の街燈が設備されている。自動車の往来は相当にはげしい。

2  原告は、当日(土曜)一般の退庁後勤務先の通産省で同僚四名とともに、冷のままで一升の酒を呑み、午後四時頃から虎の門のパチンコ屋で遊んだ後、地下鉄、西武鉄道を利用して中井駅を降り、駅裏の階段を昇つて本件現場に出た。初め中野方面に向つて左側舗装歩道を進み、その尽きるところで自然道の歩道に出た。

3  この時中野方面から目白方面に進行してくる自動車はなかつたが、目白方面から中野方面に向いセンターラインの左側に右前車輪を乗せて進行してきた本件加害車の運転手たる訴外田鍋は、前方二〇数米のところに原告の影を認め、警戒のため警笛を鳴らし、アクセルを離したが、ブレーキをかけないで進行を続けたところ、接触の怖があつたので、右にハンドルを切つたがこの時センターラインを超えたので左に切り返し、左前方のガードレールにぶつかつて停車した。右にハンドルを切つた際道路上に進行してきていた原告に加害車の左側が接触し、前段認定の本件事故となつたのである。

原告の本人尋問の結果のうちには、原告が自然道の左側歩道を中野方面に向つて進行中後方から衝突された旨の供述があるけれども、この供述は、前記証人(省略)の証言および乙第四号証中被害者の倒れていた地点の記載に照して措信に値しないところであり、他に右認定をくつがえして原告の主張を認めしめるに足る証拠はない。

しかして、右認定によれば、原告は指定の横断歩道でもない本件現場で横断を企てたものというべく、その軽卒な行動であることはいうまでもないことであるが、原告がその勤務先で冷酒を呑んでの帰途であることおよび原告本人の供述によつて認められるように、昼間車の少い時には原告が往々このような地点で環状線横断を敢えてしていたことを思うならば、このようなことはありえないことではない。したがつて、本件事故の原因の一半は明かに原告の過失にもとずくといわなければならない。しかし、同時に訴外田鍋は前方約二〇米余の地点に原告の黒い影を認めたのであつて、それが原告だとは認識されえなかつたとしてもそれが人でないかと思つてクラクシヨンを鳴らしたのである以上、同時に減速停車の措置を講ずべきであつたし、そうしたならば、もし制限速度で走行している限り、よく原告との接触をさけえたものと認められるのに、その措置を講じなかつた訴外田鍋にも加害車運転上の過失があつたものといわなければならない。

これら諸般の事情を斟酌して考えるときは、原告がうけた前記損害のうち被告の責任に帰すべき限度は金二一万一二二三円(但し第二項(一)の四一八、八二六円のうちとする)と認めるを相当とする。

五、よつて原告の請求中前記二一万一二二三円およびこれに対し損害発生の後たる昭和三七年三月一五日以降右支払ずみにいたるまで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める部分を正当として認容し、その余を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴九二条の規定を適用して主文のとをり判決する。

東京地方裁判所民事第二七部

裁判官 小 川 善 吉

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